お涙頂戴話に弱い件
ありきたりでもなんでも、お涙頂戴話に弱いのです
なにしろ、チャッピー君と相談しながら自分で考えたお涙頂戴話に
出力から一ヶ月経った今日でも、最後のオチの所でボロボロと泣いてしまうのでw
ホント、阿保やなぁとは思うんですけどねぇ・・・
そもそも、自分で”お涙頂戴話を歌詞にしよう”と思い立って
最初に思い付いたシチュエーションが
女の子5歳・猫一ヶ月の頃に出会って
女の子が小学校に上がるまでの一年間
(この期間は、女の子側も物心つく前くらいだし・猫側も子猫時代)
その”子供時代”を、いつも一緒に過ごした
(という事は女の子は、幼稚園とか保育園とか行ってなかったワケですねぇ)
で、まぁ今のご時世 幼稚園や保育園に通わせずに家庭内で就学前教育を出来るご家庭
という事は、専業主婦で就学前教育に自信ある母親って事なんだろうな、と思う
かつて昭和の時代は、それくらいの余裕のある家庭 ってモンが珍しくなかった
母親は専業主婦で家庭に居るのがアタリマエ そして就学前教育とか
難しい事はワカランけど、家庭内で最低限の躾・教育を行うのも珍しい事ではなかった
まぁその就学前教育が、どの程度のレベルのモノなのかは各家庭バラバラだっただろうけど
そんな”一億総中流”時代へのノスタルジーも込めて、歌詞は始まり
女の子が小学校に入学し、猫と一日中いつも一緒 ではなくなった二番を経て
二番の終わり辺りから、猫の寿命の話が出てくる ”僕は猫だから”は
ちょっとストレートに言い過ぎたかなぁ?とは思うけど
最期のパートで、15歳で死ぬから平均寿命ピッタリの結構早死にの猫だったけど
女の子20歳・猫15歳で、猫が死ぬ前に 女の子と猫が共に子供時代だった一年を
幸せだったなぁと思い出しながら死んでいく というストーリー
自分で考えた ”ありがちな お涙頂戴ストーリー”なんですけどねぇ・・・w
出力から丁度一ヶ月経って さっき聞いても 最期
猫が子供時代を思い出しながら幸せだったなぁ というシーンで
ボロボロと4粒くらい 涙が流れてしまって ホンマ、ビックリですヮw
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