VTuber原論を考え始めて幾星霜(1)
2017年末に、現在ではVTuberさんと総称される人達を見始めて 2019年の夏辺りだったかから 『VTuberさんとは、どのような存在・表現なのだろうか?』という問題 つまりVTuber原論的なものを、考えては消し考えては消ししてきました 考えるきっかけとなったのは、にじさんじの結月ロアちゃん この子にハマって見続けているうちに 何故魅力を感じるのだろうか?と不思議に思い始めました そして、考えをまとめようと何回か当時書いていたブログに書き始めるのですが いつもまとまらない 考えていくとVTuberさんという存在が、それぞれに異なるスタンスを持ち 異なるアプローチで活動しているため 総論的なまとめは無理なのだと思いはじめました しかしその後、何故かロアちゃんへの興味が薄れていくのを感じ その気持ちが、一体なんなのだろうか?と また疑問が湧いてきました 好きと思い始めた原因と、見るのがツラくなった原因 ここを言語化すれば、VTuberさんという存在のメカニズムを 解明するきっかけになるのではないか? そういうアプローチに変わっていきました ロアちゃんを良いなと思ったきっかけは覚えています 何の気なしに見た『あくまいくら』初回 その頃は、郡道先生は時々見ていてハニスト(パトP)も時々見ていた そんな頃でした 郡道先生の配信で時々名前が出てくるロアちゃん そして パトPの配信で時々名前が出てくるデビさま それまで見た事がなかった二人が、こんどコラボをするというので まぁ、どんなVTuberさんなのか見る感じでみようかな?と見始めたのでした いわゆるクソ雑魚マイクラ:ほとんどマイクラの知識がないままに 広大なにじさんじサーバー内を探索する二人の姿は 幼い兄妹が助け合って初めてのおつかいに挑む様のように見えました その後、デビさまに関しては アヴァンギャルドな映像表現に興味があることや 人生相談的な配信で、凄まじく的確なアドバイスを 悪魔の立場からというロールプレイを保ったままにしていたこと等を知り 面白いなぁと思っていくのですが ロアちゃんに関しては、あくまいくら初回の後ほぼほぼ毎回の配信を見て アーカイブも見ていったのですが、見ていくたびに なにか不安感のようなものを感じ始めました その不安感が言語化されたのは、ロアちゃんのソロのマイクラ配信の中でした 『でよ、なんて...