SUNOさん原論 1

SUNOさんについて考えてみるテスト

今のとこ否定的な見解としては『ありきたりな曲しか出力されない』
と、いうものを見かけている。もちろん『著作権的なナニカ』に関する問題も
存在する事は知っているけれど、とりあえずは
『オリジナル曲を作るという行為』と『SUNOさんで遊ぶ事』の違いについて考えてみたい

今書いたように、私はSUNOさんで遊ぶと表現した
私としては、あの楽しい行為は『オリジナル曲を作る』という行為としては表現していない
『楽しい遊び』と呼んでいる。だがこの遊びは、オリジナル曲を作る行為と
なにかが違うのか?そう思っている。では何故?私はコノ行為を遊ぶと呼ぶのか?と言えば
それは私が、無償版で遊んでいるからだ。

SUNOさんの無償版の場合、作成された成果物の著作権はSUNOさんに帰属する
この規定の一点をもって、私はアノ行為を『遊ぶ』と表現しているだけであって
もし有償版を使っていたならば、私がやっている行為は
『オリジナル曲を作っている』と表現して良い行為だと思っている

では『オリジナル曲を作る』とは?どういう行為なのか?を考えてみたい
10年ほど前、ボカロブームの最中:
市井でウダウダと音楽のようなものを作って遊んでいた有象無象が
ニコニコの隆盛・ボカロバブルに載って
『これまで音楽を作るという行為をしてこなかった人々』=純然たる消費者の
目にも とまるようになってきた時期があった
そんな時期に言われていた話をまとめると
『創作とは全くの無から壱を生み出す行為であり
・誰からも何の影響も受けていないものこそが創作である』という認識

これは一見、もっともな認識に思えるかもしれない
どんなジャンルであれ創作というものに触れてこなかった人達からすれば
きっとそういうモンなんだろうと思える認識なんだろうと思う

だけど一度でも、作曲という行為にチャレンジした事のある人なら
その認識は、おかしいと気付くだろう
様々な創作という行為の中で、特に作曲は
無から有を産み出す行為ではない
歴史が伝えてきたものを学び、それらに新しい意味を見出していく行為だ

つまり、どんな音楽も歴史の系統樹の一部に配置される
無調音楽もノイズミュージックも4:33であっても全てである

なんか疲れたからココまで、なんか2は無い気がするなぁw
おかねほしいよねぇ

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