桜、みんなで食べた / HKT48

21世紀に入ってからはマトモに音楽聴いてない!
と、言い続けて早や四半世紀・・・

ただ、10年前のこの歌
これだけは、なんだか気になるんですよねぇ
さっきYouTubeのオススメに出てきて、なんとなくMVを見ていたら
なんかヤケクソにも聞こえるくらい元気一杯な1.2.3.4!のかけ声に
なぜだか涙が出てきて、この歌を聞いて以来思っていた
この歌の歌詞についての分析を書きにこようと思いました

まずは、と言うか当然というか結局・・
歌詞が好き

この歌の歌詞から私が感じるのは
公立の中学校の卒業式・公式の行事が終わった帰り道
なんとなく別れがたく感じて・なんとなく集まっている生徒たち
そんな中、一人の子が落ちてくる桜の花びらを口にする
それを見た他の子たちも、次々に花びらを口にし始める
という、かなり特異なシチュエーション

ただこの特異なシチュエーションを解析すると
誰にでもあった特別な瞬間を表現しているように思えるんですよねぇ

思い返してみれば『同じクラスの人達』を『クラスの友達』と思えたのって
中学までなんじゃないかなぁ?と思うのです
同じ地域で同じ年齢として育ってきた人達
当然、幼稚園・小学校と交流があった子も多かったでしょう
そんな中で同じクラスになった人達は、当然のように友達として認識
同じクラスという『共同体』として認識できていたのではないか?と思うのです

公立の中学校の卒業式って、その子にとって初めての
『共同体との別れ』になるんじゃないかなぁ?

家族・幼稚園・小学校・中学校とアタリマエのように続いてきた共同体
(まぁアタシ自身は小学生の時に転校して、そこで外れたワケですけどw)
そんな、それまでアタリマエと思っていた共同体が無くなる瞬間
公式の区切りの儀式としての卒業証書。その儀式が終わった後も
なんとなく寂しさを、無意識に感じていた子供達
その中で『落ちてくる桜の花びらを食べる』という非日常行為
これは、『それまでの日常』に付けられた句読点で
以降の、『新しい日常』に向けた祝祭のリチュアル
過去に区切りをつけ・新しい日常を祝う行為なのではないか?と思うのです


ついでに言うならアタシ自身が、このくらいの時期(14~5歳くらい)の
全能感と無能感が交互に現れるような、いわゆる『揺れるお年頃』
そんな時期の感情を表した表現物が好きなんですよねぇ
例えば、よしまさこさんの初期のマンガ潮風がいっぱい
その時期の女の子が初恋に夢中になって色々と過剰な行動をとっていき
最後には、失恋という結果を迎えるというストーリーなのですが
読後に思うのは、この子は今は泣いているけど必ず
明日には立ち直って、また元気に生きていくんだろうなという
信頼感・力強さ・生命力
そんなものを感じるんですよねぇ・・・

生き物(動物)としての人間は
女は17歳をピークとして・男は19歳をピークとして
最も活発な時期に子孫を残し、それから約20年をかけて育て
→終わったら死ぬようにできているんだ
という説を聞いて、なんか納得

まぁそんな、生き物としてまっとうなタイムスケジュールからは
外れてしまっても、まだなんとなく死なずにいる今日この頃
輝かしく(あるべきだった)日々の夢を、表現物に求めても
怒られるほどではないのだと思いたいところですw

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